2006年11月08日

冬が始まる

一日一日朝が寒くなってきます。

寒がりの方には申し訳ないですが、寒さが好きです。

誕生日が真冬の所為なのかどうか・・・。

開放的な夏に比べて、どちらかといえば陰湿なイメージの冬ですが
じっくりと力を蓄えて春を迎える準備をしましょう。

そんな冬を詠った詩があります。



おお十一月、
冬が始まる。
冬よ、冬よ、
わたしはそなたを讃へる。
弱い者と
怠け者とには
もとより辛い季節。
しかし、四季の中に、
どうしてそなたを欠くことが出来よう。
健かな者と
勇敢な者とが
試めされる季節、
否、みづから試めす季節。
おお冬よ、
そなたの灰色の空は
人を圧しる。
けれども、常に心の曇らぬ人は
その空の陰鬱に克つて、
そなたの贈る
沍寒と、霜と、
雪と、北風とのなかに、
常に晴やかな太陽を望み、
春の香を嗅ぎ、
夏の光を感じることが出来る。
青春を引立てる季節、
ほんたうに血を流す
活動の季節、
意力を鞭打つ季節、
幻想を醗酵する季節、
冬よ、そなたの前に、
一人の厭人主義者も無ければ、
一人の卑怯者も無い、
人は皆、十二の偉勲を建てた
ヘルクレスの子孫のやうに見える。

わたしは更に冬を讃へる。
まあ何と云ふ
優しい、なつかしい他の一面を
冬よ、そなたの持つてゐることぞ。
その永い、しめやかな夜。……
榾を焚く田舎の囲炉裏……
都会のサロンの煖炉……
おお家庭の季節、夜会の季節
会話の、読書の、
音楽の、劇の、踊の、
愛の、鑑賞の、哲学の季節、
乳呑児のために
罎の牛乳の腐らぬ季節、
小さいセエヴルの杯で
夜会服の
貴女も飲むリキユルの季節。
とり分き日本では
寒念仏の、
臘八坐禅の、
夜業の、寒稽古の、
砧の、香の、
茶の湯の季節、
紫の二枚襲に
唐織の帯の落着く季節、
梅もどきの、
寒菊の、
茶の花の、
寒牡丹の季節、
寺寺の鐘の冴える季節、
おお厳粛な一面の裏面に、
心憎きまで、
物の哀れさを知りぬいた冬よ、
楽んで溺れぬ季節、
感性と理性との調和した季節。
そなたは万物の無尽蔵、
ああ、わたしは冬の不思議を直視した。
嬉しや、今、
その冬が始まる、始まる。

収穫の後の田に
落穂を拾ふ女、
日の出前に霜を踏んで
工場に急ぐ男、
兄弟よ、とにかく私達は働かう、
一層働かう、
冬の日の汗する快さは
わたし達無産者の景福である。
おお十一月、
冬が始まる。

   ---與謝野晶子『冬が始まる 晶子詩篇全集』  


Posted by バックG at 23:39Comments(6)

2006年10月13日

のちのおもひに

一日の寒暖の差が大きくなり、
秋が深まってくるこの時期に思い出す詩があります。

夏に生まれた淡い想いが
成就することなく秋を迎え
そしてそのまま冬に向かいながら
時の流れにいつしか忘れ果てるかのように・・・。

忘れられない想いは
氷の中に閉じ込め
忘れなければならない
そんな風に自分に言い聞かせているのでしょうか。





夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
水引草に風が立ち
草ひばりのうたひやまない
しづまりかへつた午さがりの林道を

うららかに青い空には陽がてり 火山は眠つてゐた
--そして私は
見て来たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた・・・

夢は そのさきには もうゆかない
なにもかも 忘れ果てようとおもひ
忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには

夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう

     ---立原道造「のちのおもひに」  


Posted by バックG at 11:20Comments(8)

2006年10月12日

白い雲

小学3年の国語の授業で初めて詩というものを知りました。
国語大嫌い&作文超苦手だった子供が
「こんなに簡単に文を書けばいいんだ」
と思い込んで書いた初めての詩が
何故かクラスで選ばれて
教室の後ろの黒板にしばらく掲載されていました。

そしてその年のクリスマス
叔父がプレゼントしてくれたのが
サトウハチローの「おかあさん」。

一生懸命に読んでも、何が書いてあるのかチンプンカンプン。
いったい詩とはなんなんだろうと思いながら忘れていきました。

普段は本も読まないような叔父が
何故に詩集をプレゼントしてくれたのかも
未だに謎のまま。





大学に入学し、専門バカにはなりたくないと
種々雑多な本を乱読していた頃に手にしたのが
「白い雲」と「車輪の下」。


  おお見よ、白い雲はまた
  忘れられた美しい歌の
  かすかなメロディーのように
  青い空をかなたへ漂って行く!

  長い旅路にあって
  さすらいの悲しみと喜びを
  味わいつくしたものでなければ、
  あの雲の心はわからない。

  私は、太陽や海や風のように
  白いもの、定めないものが好きだ。
  それは、ふるさとを離れたさすらい人の
  姉妹であり、天使であるのだから。


自然を愛し、孤独を味わい、さすらいを愛したヘッセが
いつの間にか心の中に迷い込んできました。


秋の日に、ふと見上げたときに白い雲が漂うのを見ると
いまでも思い出してしまいます。


あーーー、あの頃は純情だったなぁ・・・・。  


Posted by バックG at 17:36Comments(8)